第二十二篇 幻影の白孔雀
著者:shauna


 やがて光は消え、中から静かに人影が姿を現す。

 純白のドレスローブで身を包み、背中に14枚の羽を生やした天使の如き少女。

 真っ白な髪は肩で切り揃えられ、その容姿はまるで氷柱花のように艶やかで綺麗で・・・誰もが一瞬言葉を失ってしまう程・・・背丈は150p前半だろうか・・・


 でも、この少女・・・


 「嫌だ・・・」

 サーラがふと言う。

 「ここに居たくない・・・」

 そう・・・この少女の醸し出す雰囲気たるや、ただそこにいるだけなのに、首元に剣を突き付けられているようなとてつもない緊張感に冷汗すら零れ落ちる始末なのだ。

 「えっと・・・思い出せ・・・4年前だから、シルフィリアは14歳前半で・・・。」
 その空気の中で唯一アリエスだけが頭を抱えて思考をめぐらせる。なにか記憶を呼び出そうとしているらしい。


 そして、数秒の後に何かを思い出したようで・・・「そうか!!」と閃き、




 『アミュレット!!!』



 そう大声で叫ぶ。

 「私は、アルフヘイム総合指令部室長の使者のモノだ!!!」
 「コードは・・・」
 「えっと・・・AV-81・・・分隊は中央指令部第12総合指令部隊。これでいいか?」
 「命令をどうぞ・・・」

 恐ろしく冷たい声でシルフィリアが問いかける。

 「俺達を守りつつ、3分以内にルシファーにて目の前の剣を持った男を捕縛せよ!!!手段、やり方は一切任せる!!!ともかく、生かしたまま捕えよ!!!」
 「了解しました・・・命令を実行します。」



 ふぅ〜とアリエスが肩を撫で下ろす。

 「アリエスさん!!」

 サーラが慌てた様子で聞く。

 「今の何!?どうなったの!!?」
 「まあ、見てなって・・・。」
 「え?」
 「シルフィリア最強の姿が拝めるよ・・・。」


 アリエスの宣言を合図にするようにシルフィリアの周りに魔力が渦巻きだす。

 そして・・・


 


 『オーバードライブ・・・フォルマティオ“ルシファー”・・・』




 細い声がそう宣言した途端に、シルフィリアの体が再び輝きだした。
 まるで変身のようにどんどんその姿は変わって行き、ついには信じられない姿になる。

 全身をアシンメトリーのオーバースカートの付いた凝ったスカートに、黒と白の編み上げドレスに漆黒のローブを羽織り、漆黒の十字架の飾りがついた黒のロングブーツを履いている。
 背中の左側のみと両腰から生える翼は見事なまでの黒で、まるで鴉の羽を思い出させた。

 さらに、一番の変化はその瞳・・・
 人間では決してあり得ないピンク色に染まっていたのである。


 「貴様・・・その姿は・・・」


 シュピアがそう叫んだ瞬間・・・

 シルフィリアの姿が消えた・・・いや・・・実際には消えたのではなく、シュピアの後ろに瞬間移動して・・・
 
 シュピアの背中を勢い良く蹴りつけて、彼を壁に激突し、大量の砂埃を巻き上げさせる。



 「誰に向かって、貴様などとほざいているのですか・・・跪きなさい下郎。」


 普段からは考えられないような、暴君の如き発言。

 「くっ・・・」

 瓦礫を掻き分けながらなんとか這い出て、エクスカリバーを構えるシュピア・・・

 「舐めるなよ、白孔雀・・・こっちにはエクスカリバーが・・・」
 「エクスカリバー?」

 再びシルフィリアの姿が消えた。

 そして、シュピアが再び宙を舞う。一瞬で再び後ろに移動したシルフィリアがシュピアを蹴りあげたのだ。


 「そのゴミクズのことですか?」

 天井にシュピアが突っ込み、上からバラバラと瓦礫が降り注ぐ。
 それと同時にシルフィリアは静かに手に光を出現させる。

 その光は段々と剣の形を成していき、最終的には一本の漆黒の長刀へと変化した。

 しかし、この刀・・・柄や鍔はおろか、鞘まで真っ黒なのだ。それに長さだって、自身の身長程はあろうかとい程に長い。


 「剣というのは・・・私の手にあるようなモノのことを言うのですよ・・・。」


 そう言って、自分目掛けて空中から仕掛けてきたシュピアに対し・・・その剣を振るう・・・
 その剣同士がぶつかったあまりの衝撃にシュピアの体が大きく宙を舞い、再び壁に土煙を回せることになった。さらに、今度はシルフィリア自ら壁目掛けて猛スピードで突っ込み・・・土埃の中で一気に剣を振るう・・・
 間一髪シュピアは交わしたが、後ろ側にあった壁は・・・
 見事なまでに粉砕・・・いや・・・まるで豆腐を包丁で切った時のように綺麗に切断されていた。
 
 「「なっ!!!」」「「えっ!!?」」「「!!」」

 その斬れ味にアリエス以外の誰もが言葉を失う。

 「アリエス様・・・あれは一体・・・。」
 「あれっていうのはあの刀のこと?それともシルフィリアのあの状態のこと?」
 
 「どっちも!!!」

 「シルフィリアはね。さっきまでの14枚羽に天使の輪っかが付いたリミッターを全部はずした状態が本来の姿なんだけど・・・今でこそ無敵の天使様なんだけど、昔はそれほど強いわけじゃなかったんだ・・・。とは言ってもまあ知っての通り魔力や理力は修行年数に比例すると考えると、500年ぐらい過酷な修行を積んだ魔道士レベルではあったんだけどね・・・。」

 そういうのを“それほど強くない”とは言わない気がする。

 「でも、当時は竜種とかも戦場に駆り出されてたから、そうなると当時のシルフィリアは手が出せなかった。そこで考えたのが、オーバードライブという考え方。己の魔力を点に集中することで、自身の能力を二乗化する方法。中でもシルフィリアのあの姿“ルシファー”は防御力と遠距離魔法と中距離魔法という3点を完全に無視して、すべての魔力を移動と攻撃力に結集し、後に言った2点の能力を二乗化した姿ってとこかな・・・ちなみに背中と腰の合わせて3枚の羽根は14枚の羽根の内7枚を結集させたものだよ。そのため、魔力がオーバーロードして白を通り越して黒く見えるってわけ・・・。」

 なんか・・・とんでもない反則を聞いた気がする。
 いいのかそれは・・・というか、そんなのを認めていいのか私。だって、二乗化ってことは、単純に二十五万年分の修行を積んだ魔道士に匹敵する能力の持ち主ってことだよね・・・

 それって、反則を通り越してバグって言うんじゃ・・・。

 「でも、あの状態は結構不便もあってね・・・。点で魔力を切ってる箇所の魔法は一切使えなくなる・・・。つまり、今、シルフィーは遠距離攻撃はもちろん、防御力も0。」

 ということは・・・

 「もしかして・・・あの状態のシルフィリアさんって・・・剣で一回斬りつければ・・・」
 「すぐに死ぬ。ってかエクスカリバーで斬りつけられたら骨も残らないだろうね・・・。」
 「そんな危険なじょうた・・・!!!」
 「本人曰く、当たらなければ問題ないんだって・・・。ってか当てられる人間なんていないと思うよ。何しろあの状態だと、シルフィー音速の24倍で動けるって言ってたし・・・。」
 「なんか・・・バグもそこまで行くと清々しく聞こえるね・・・。」

 あれ・・・でも・・・

 「でも、それだったら何でシルフィリアさんさっきの内にルシファーにならなかったの?能力フル開放してたさっきならなれたんでしょ?」

 そう・・・たぶんリミッターが働いている為、通常状態ではあの“ルシファー”とかいう状態になれなかったのは分かる。でも、さっきのリミッターが全部外れた状態ならなれたはずだ・・・通常状態でもルシファーに・・・

 ならなんでならなかったのか・・・その質問にアリエスは苦笑いして・・・

 「じゃあ、クイズ・・・17歳現在のシルフィーの通常状態での魔力は大体十二万年分の修行を積んだ魔道士に相当するんだけど・・・。もしその状態でルシファーになったら・・・一体どれぐらいの力になると思う・・・」

 どれぐらいって・・・12万の二乗だから・・・

 「144億年分!!?」

 途方もない数字に目を丸くするサーラにアリエスは「正解・・・」と答える。

 「流石にそれほどの魔力ともなると、シルフィーも制御できなくって・・・そうなると、自我を失って暴走するんだ・・・。144億年の力がね・・・。そんなことになると、世界が数秒で滅びかねないでしょ。それにそんな状態は当然シルフィー自身の体にもバカみたいに負荷が掛かるんだ。確かに魔法で強化されているとはいえ、本体は君と同じ生身の女の子・・・。流石に耐えられないんだよ・・・。本人曰く、現段階じゃ20秒なっただけで絶命するってさ・・・。」

 なるほど・・・確かにそんなことになれば・・・

 最悪の結末と思っていたモノを上回る世界の崩壊という有り得ない結末をイメージして、サーラも自然と身震いする。

 確かに、それじゃあ、なれないわけだ・・・。


 ・・・そういえば・・・


 「ねえアリエスさん・・・。さっき“シルフィリアの羽根の7枚を黒い翼に集約した”って言ったよね。」
 「うん。」
 「後の7枚ってドコいったの?」

 そう・・・力の象徴ともいえるあの羽根の魔法。その魔力の半分を使うなんて・・・一体何に・・・

 ハッ・・・


 「もしかしてあの刀!!!?」
 「大正解。黒刀“セフィロト”・・・シルフィリアの魔力を50%程度使って具現化された剣・・・。たぶん、斬れ味はどんな刀をも上回るんじゃない?それが例えあの“聖蒼の剣(スペリオルブレード)”でも・・・」

 「ホントか!!!?」
 咄嗟にファルカスが食いつく。

 「さあ・・・俺も聖蒼の剣(スペリオル・ブレード)の実物を見たことないからなんともな・・・。」
 「なんだよ・・・期待させやがって・・・」
 「しょうがないだろ・・・例えだよ例え・・・。」



 そんな会話をしている内にもシルフィリアとシュピアの戦いは続く。

 だが、その圧倒的優位は相変わらず変わらない。両手でエクスカリバーを持ったシュピアですら息を嫌えているというのに、セフィロトを片手持ちしているシルフィリアは一切息も切れていない・・・というよりも、闘うのを楽しんでいるようにすら見える。

 「くっ・・・化け物め!!!」

 シュピアがそう言って突っ込むのをシルフィリアは一切動くことなく刀を振り、軽くイナす。というよりも、さっきから見ているとシュピアは様々な角度から突っ込んでいるというのに、シルフィリアは一切焦ることもなく、無駄のない剣捌きをしている上に、先程からほとんど動いてすら居ない。

 「私が化け物だというのなら・・・あなたは一体何なんでしょう・・・。」

 あまりの速さの剣のぶつかり合いに火花どころか剣の残像が閃光となって見える中、シルフィリアは余裕たっぷりに言い放つ。

 「人間にしては心が薄汚れている・・・しかし、化け物にしては、力不足甚だしい。中途半端なあなたはただ無様なだけですよ・・・」
 「黙れ!!!」

 今までにない強い一撃がシルフィリアの剣にぶつかる。

 「そうそう・・・そうこなくては・・・久々に舌が踊る。」

 シルフィリアが唇を舐める。

 「黙れ、魔女め!!!」

 流石に余裕なんてどこにも無くなってきたシュピアが必死に剣を振るう。

 「化け物と言ったり、魔女と言ったり・・・優柔不断なのは嫌いですよ?・・・おっと、これは失礼・・・オガクズ以下の脳ミソでは『優柔不断』などという、高度な人語は理解できませんでしたね・・・私ったら大変な失言を・・・」


 「シルフィリア・・・。」



 サイドでその様子を見ていたアリエスが言う・・・。

 「楽しむのは結構だけど・・・そろそろ決着をつけろ・・・。30秒以内にそいつを動けなくしてくれ・・・目障りだ・・・。」

 その言葉にシルフィリアは小さくため息をつき、「残念・・・」と呟く・・・。

 そして・・・アリエスの方を振り向き・・・
 
 「仰せのままに・・・。」
 そう言ったかと思うと・・・



 その場に数枚の羽を散らせ、姿を消した・・・。

 「なっ!!!」

 シュピアが驚いていると、その真後ろに瞬間移動するようにシルフィリアが姿を現し・・・。
 
 青い光の剣筋を残しながらシュピアの背中を切りつける・・・。

 「グッ!!!」

 シュピアの背中から鮮血が流れるも、傷はそれほど深く無いらしく、再び構えをとった・・・。

 だが・・・。

 今まで楽しむように防御一筋だったシルフィリアが一気に攻勢に出る。

 そして、一番驚くのはやはりセフィロトの斬れ味とシルフィリアのスピード・・・。シルフィリアは火花を散らして床に残痕を残しながら猛スピードでシュピアに斬りつける。
 それこそ、エクスカリバーを持つシュピアが対応しきれない程の速度で・・・。
 
 しかも剣を振る度に床に斬り込みが入って行き、綺麗にカットされた床が地下室へと落ちて行くのだ。

 まさに、シルフィリアによる一方的な侵略。それはある意味、猟師とそれに狩られる動物と言っても何ら過剰表現ではないかもしれない。
 
 にもかかわらず・・・


 先に隙を見せたのはあろうことかシルフィリアの方だった。


 「もらった!!!」
 シルフィリアが僅かに足をヨロケさせたその僅かに隙にエクスカリバーがシュピアの体を動かし、斬りつける。


 だが・・・



 斬った先にシルフィリアの姿は無く、剣は宙を舞うだけ・・・。

 「なっ!!!エクスカリバーの反応速度を!!!」
 超えるなんて!!!そんな馬鹿な!!!

 「驚いているようですね・・・まあ、それほど速く動いたわけでは無いんですが・・・」
 
 ハッとシュピアが気が付く。まさか、さっきの隙は!!!


 「囮(デコイ)!!!」



 そんな言葉を発した直後にシルフィリアの大きな一撃がシュピアの背中に刻みつけられる。

 
 今度はかなり深く・・・しかし、致命傷にはならないように精密に計算して・・・


 「ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 倒れこむシュピア・・・それをシルフィリアは、ただただ見て・・・
 



 ・・・る訳が無く、そのまま空中に蹴りあげ、その後を追うように自身も飛び上がる。
 そして、再びセフィロトでその体に傷を切り刻んで行く。その度にシュピアが聞くに堪えない悲鳴を上げるのだが、そんなのに臆することなく、ただただ機械のように・・・


 やがてシュピアの体が地面にグシャッと落ちた時には、息こそしていたものの、それはまさに虫の息に等しく、しかも全身の関節から血を流していた。

 一方、シルフィリアは緩やかに地面に降りたつ・・・




 ・・・かと思いきや、うつ伏せに地面に倒れこむシュピアの上に躊躇なくブーツのまま勢いよく乗っかり、メキッというか、ミシッというかそんな音をシュピアの全身から発生させながら、舞台の上でしか見られないような優雅な一礼をアリエスにする。



 「申し訳ありません・・・」

 いきなり謝るシルフィリア。

 「何?」
 「私としたことが、あるまじき失態・・・どう償えばよろしいのか・・・。」
 「・・・まさか!!!」


 ・・・殺っちゃった?


 「30秒と仰せつかりながら予定の時間を0.2秒もオーバーしてしましました。」



 一同唖然とする中、一人、アリエスだけはハァ〜とため息をつきながら腰に手を当てる。

 「殺してないだろうな・・・」
 「空中で全身の腱を切り裂き、また、地上に降りた時の一撃で全身の骨を砕いて、身体を不能にしましたが、それ以外に外傷はありません・・・あっ・・・背中の斬傷は空中に放り投げた時に治癒しておきました。」

 「・・・君の口からそれを聞けて安心したよ・・・。預けた時計を返してくれ・・・。」
 「はい・・・」

 そう言って、シルフィリアは胸元から『忘れられた時の時計(ザイス・クラーグ)』を取り出す。

 「私のような者に斯様な高価な物をお貸し願えましたこと。大変嬉しく思います。ありがとうございました。」

 アリエスは時計を受け取り・・・

 「まったく・・・普段からそれぐらい素直なら、もっと可愛いのに・・・。」

 そう言った瞬間・・・シルフィリアの体がボウッと光り始め、静かに元の17歳の姿へと戻った。



 「あら・・・では胸元にでも放り込んで、『取れますか?』とか聞いた方が良かったでしょうか?」



 そう問い返すのを聞いてアリエスもホッと安心する。

 変な認識の仕方だが・・・間違いなく本人だ・・・。


 シュピアが倒れるのと同時にインフィニットオルガンの音色も消え、オボロとハクを捉えていたガラス球もピキピキとヒビが入って、砕け散る。
 それを見て、シルフィリアとサーラは慌ててその傍へと駆け寄り、すぐに治癒魔法の詠唱に入った。


 「さて・・・」

 そう呟いてファルカスが最初に一人取り残されたように伏せながらゴホゴホと咳き込むシュピアの元に向かう。


 「気分はどうだ?自称、最強の魔道士さん。」


 それに対し、シュピアは
 こう呟いた・・・。



 「フッ・・・無駄な事を・・・」


 「?・・・何か言ったか?」

 「言ったはずだ・・・私の作戦は・・・完璧だと・・・。」



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